深窓

日頃疑問に思ったこと、創作したものなど

テイルズ オブ ベルセリア(Tales of Berseria TOB)をプレイした感想など

最近で一番感動した作品になったのでブログに書いて見たくなりました。完全に独りよがりの内容になります。

テイルズ オブ ベルセリアのネタバレがかなり含まれます。ご注意ください。また内容はゲームの批評ではなく、ストーリに関する感想や筆者が勝手に考えたこと・興味を持ったことなどになります。ご了承ください。

 

1.ベルセリアを遊ぶきっかけ

 『テイルズ オブ ベルセリア(以下ベルセリア)』を遊ぶきっかけになったのは、せっかくPS4を持っているのに最近それでゲームをやってないな、なんて思ったことです。

 筆者は基本的にPCで遊ぶことが多く、据え置き機よりPCでゲームをやっていた時間のほうが多いのですが、そのためPS4を買ったものの『モンスターハンター:ワールド』とか『ブラッドボーン』とか、かなり少数のゲームしかやってませんでした。VRも持っているのに完全に宝の持ち腐れ。

 それでふと、PS4でなにか面白いゲームはないかと探してみたんです。ちょうど『Marvel's Spider-Man』が発表されていて、動画で見てみたが「ゲームってここまで進化したんだ!」と驚いきました。

 とはいえ、結局食指が動かず買いませんでした。「どうしようかな」なんて悩んでいたところでふと思い出したのが、2年前に放送されていたアニメ『テイルズ オブ ゼスティリア ザ クロス』。

f:id:greenparsley:20180918204405p:plain その時なんでこのアニメが頭に浮かんだのか説明するのは難しいのですが、たぶん放送当時に第1期にあたる13話までしか見てなくて結末がどことなく気になっていたからだと思います。

  ただ、筆者は『テイルズ オブ シリーズ』のアニメなどは見たことはあっても、ゲームはやったことがありませんでした。加えて『テイルズ オブ ゼスティリア 炎上騒動』のことを知っていたし、『テイルズ オブ ジ アビス』とかの影響を強く受けて「テイルズ=PTがギスギスするRPG」という印象さえありました。(もちろんこれはかなりの偏見)。
 
 
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  不憫なルークが「俺は悪くねぇっ!」って叫ぶシーンとか、その後いろいろ裏を持つPTメンバーに見放されるシーンとか、「テイルズって独特だなぁ」なんて思ってたり、それが持ち味なのかな?なんてゲームもせずに考えたり。

 ゼスティリアのメンバーはまぁ……。アニメ見ただけだと、わりと良さそうなんですけどね。 

 結果ゼスティリアは早々に買う気をなくしました。ただ、それを調べていくうちにじつは過去編(ベルセリア)が出ていることを知りました(アニメで登場していたにも関わらず、過去編が出ていることをそのときまで知らなかった)。

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 ネットで調べてみたら評価も悪くなかったし、当時はシリーズ最新作で、マザーシップ初の女性単独主人公という珍しい作品でもあったので購入を決定。

 こうして筆者の生涯初の『テイルズ オブ シリーズ』はベルセリアになったのです。

 

 

 

 

  2.プレイ後の感想

 感動して泣いた……(語彙力nothing)

 久しぶりに人目もはばからず泣いてしまいました。Eternal dreamが流れて、2人が一緒に世界へ旅に出る夢に泣いたし、ベルベットが復讐をやり遂げると宣言したときの神々しいまでの姿とか、メイルシオでのPTメンバーの頼もしい後ろ姿とか、フィーのが成長して漢になっていくところとか、サブキャラたちの豊かな会話とか、音楽とか演出とか……

 すごいよかった!(小並感)

 年をとって涙腺が緩くなったと嘆くべきか、まだゲームのストーリーで泣けるだけの感受性が残っていたと喜ぶべきなのか。自分としては後者の感じが強く、ゲームを終わったあとに精神年齢が10歳は若返ったような気がしました。やっぱり心を動かされるって大事なことなのかも。

 あまりにも感情移入して主人公のベルベットの境遇がひどすぎることから、2週目やるか迷ったほどです。今度は丁寧にやっていきたいと思い、現在2週目やっている途中。

 完全なハッピーエンドではないからこそ、余計に心にくる作品かなと。ベルベットが災禍の顕主でやっていることが基本的に悪いことだから共感できない人もいるし、賛否が分かれるところだけど、筆者は感情移入しまくりでした。素晴らしい作品だったと思います。

3.物語で興味深かったこと(勝手な考察と思考の塊です)

 ベルセリアを遊び終えて考えたことなどをダラダラと書いていきます。わりとこれまで各所で言われているものでもあると思います。

復讐の変遷と継続

 主人公であるベルベット・クラウは姉セリカの夫である義兄の導師アルトリウスに弟ライフィセットを殺され、その復讐として彼を殺害することを目的に旅に出ます。(にしてもこのクラウ家、災禍の顕主、導師(厳密にはクラウ家じゃないけど)、生まれ変わりではあるけど聖主を輩出しているとんでもない家族)。

 けれど中盤、弟のライフィセットがじつは義兄に志願して生贄になったことが判明、ベルベットは今までの復讐に意味がないもので、無意味に人々を苦しめたことがわかり、正気を失う寸前に(しかも姉の転生聖隷も喰い殺したし)。ベルベットは今後どう生きるのか、あるいは死ぬのか決断を迫られます。

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 こういう「今までの復讐には意味がなかった!(勘違いだった)」というのは、主人公が悪役側で物語が始まる場合にわりとよくある展開だと思います。これは読者が基本的に悪役に共感しづらいせい。復讐のために手段を選ばないままの主人公では読者は主人公に肩入れするのが難しいため、途中で「復讐をやめよう」という改心イベントが入り、「これからは世界のため(人々のため)戦うぞ!」とか「今まで敵だと思っていた相手と和解する」という筋書きにして、話の終わりにかけて読者が主人公に共感できるようにしていることが多いと思います。。最初は復讐のため人を無差別に殺してたけど、運命の人と出会い、殺人の理由がその人を守ることになったりとか。それが不評に繋がったりする場合もあるけど。

 ベルセリアでは聖寮側が道義的に完全な正義ではないからベルベットのやっていることがある側面で人間を救うことにつながっていて、その行動がある程度許容されるように設計されています。もし導師アルトリウスが穢れの問題を根本から解決する方法をやろうとしていたら、ベルベットは完全に悪側に回ってしまってその行動に対する批判が強くなっていたでしょう。ただ、そうじゃなくても基本的に彼女は無関係な街を爆破したりする犯罪者、「弟のためと言いながら他人の家族を苦しめていて、やっていることは義兄と同じでは?」と糾弾されてもおかしくない立場です。

 けれども、このゲームの脚本はよく出来ていて、ベルベットによる被害はあまり強調されていません。よく考えると彼女の『復讐』によって街を失ったり、四聖主を目覚めさせたことで短期間の地殻変動が発生したり、かなりの被害者がでたことは間違いありません。けれども、それをうまくぼかしているから彼女を悪と強く批判するより、同情してしまうのではないでしょうか(これはわりと人に夜と思います)。

 『弟のための復讐』が無意味だと聖主カノヌシに告げられたとき、一時は死ぬ寸前までいったベルベットですが、フィーの助けもあってそれを乗り越えます(あのときのフィーはかっこよかったなぁ)。

 そして、彼女は『自分のための復讐を継続する』ことを決めます。結構言われてますが、ここがベルセリアの良い&巧みなところです。

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 ここでベルベットが導師アルトリウスの殺害の理由を『復讐』ではなく、『正義のため(人のため)』に変えるという展開にもできたと思います。聖寮はわりと非人道的だし、聖主カノヌシが支配する世界は生きた屍みたいな人間しかおらず、いくらでも批難することは可能。「弟のための復讐は無意味だったけど、聖寮のやり方は間違ってる。だから今まで通り戦う!」みたいな。復讐は終わりにして、正義の味方へ。そういう『主人公としての歩み』もできたかもしれません。

あったかい日々を奪われたことへの復讐

 ベルベットの復讐の継続は批難されてもおかしくありません。弟や義兄の願いを知った上でそれを行うのは彼女も言っている通り" 矛盾した醜いエゴ ”と誹られても仕方ない決断です。しかも欠点はあるとはいえ、義兄である導師アルトリウスがやろうとしていることは、人類を存続させる現段階ではほぼ唯一の方法(少なくとも彼らはそう考えていると思ってる)。

 それなのに、ベルベットが復讐をやりとげると宣言するシーンはとても胸を打ちます。

 その直前、彼女はフィーに対して心情を吐露する場面があるのですが「だから”あの時”を奪われたことが……」「あたしを選んでくれなかったことが……」「悔しいっ!!」

 そして言う。「けど、あのあったかい日々は、あたしが――あたしたち家族が生きた証だったのよ」

 あったかい日々を奪った(捨てた)導師アルトリウスと聖主カノヌシに、だから復讐するのだとベルベットは言います。それを聞くと嫌悪感より「なんて健気で優しいだ……」なんて心動かされて。普通だったらそんなことではなく、「左腕を切り落とされた上に喰魔にされて味覚を失い、さらに3年間地下牢に閉じ込められて、食事は業魔だけとかコノヤロー!」なんてなりそうなものだけど(その事柄も復讐の理由の1つにはなってるんだろうけど)、「温かくて大好きだった家族の安寧をよくも奪ってくれたな!」と元々家族だった人たちに言うのは、理屈とは違う領域である感情に強く訴えるものがあります(このシーンはすごく感動した)。

 このシーンを見て思い浮かべるのが、富野監督の『ブレンパワード』のヒロインである宇都宮比瑪がアメリカの核ミサイルに対して「こんなものなくったって、人は、生きていけます!」に連なる場面。

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 筆者は普段だったら「核ミサイルがなくても大丈夫」という言葉にすぐに賛同できないでしょう。アメリカの核の傘にあったから日本は平和だったかもしれないし、今後中国の台頭や北朝鮮の問題などもあります。核という手段を手放すことがいいことなのかすぐには分からりません。

 けど、『ブレンパワード』で例のシーンを見ていると「ああ、確かにそうだよね」と理屈ではなく、感情で納得できます。核がなくてもやっていけると思える。それは筆者としては悪いこととは思ってないし、それだけ『ブレンパワード』が筆者にとっての名作ということでもある。ベルベットが復讐を宣言したシーンも似たところがあったと思います。

 またこのシーンは、ベルベットが自分の意志を表明する大切なところになっています。このときまでは、ベルベットは「復讐したい!」と言いつつも、弟のため、敵のせいと他動的な行動をしているように見受けられます。特に村娘時代やPTメンバーに優しい一面をみせるとき、「彼女に復讐なんて似合わない」なんて思ってしまうこともあります。

 それがこのシーンで、自分のために復讐すると宣言する。自分の意志を相手に伝え、自分はこうするんだと自動的な行動に変わります。つまりここがベルベットが真の主人公になった瞬間だと強く感じました。

主人公が女性であることと、『あったかい日々』と『使命』

  女性だから、なんて書くと男女差別、社会的性役割の強要なんて思われてしまうかもしれませんが、ベルセリアはベルベットが女性であることをよく活用していました。

 道中でもPTメンバーによって男女の差について意識させられるけど、ベルベットの復讐の継続の宣言は、ベルベットが家族を愛していた、そして女性だったからこそ映えるシーンかなと思います。

 ベルベットのいう『あったかい日々』というのは、わりとヒロインの口から言われる事が多いです、たぶん。だいたい男性主人公の物語だと、世界や人類に対しての使命や自分がなそうとしていることに対して頑なに進み、そしてだいたい途中で挫折や一時立ち止まる場面が登場してきます。そんなとき、ヒロインはいろいろな理由から彼らに「どこかで休もう」「使命を忘れて人のいないところで一緒に暮らそう」「また一緒に元の生活に戻ろう」と声をかける。そしておおよそそれは実現せず、男性主人公は使命や目的のために『あったかい日々』を捨てます。

 ただ、実際には『あったかい日々』のために戦ったりする男性主人公もいて、義兄アーサー(アルトリウス)がそうなる未来もありました。

 上記で書いた男性主人公像は義兄アーサーにもよく当てはまります。彼は師から使命を受けて旅をしていましたがそれを成せず挫折、そんなときに出会ったのがベルベットの姉のセリカであり、彼らはそれこそ『あったかい日々』を過ごします。

 不幸だったのは、セリカが業魔に殺された上にアーサーが探していた聖主カノヌシを見つけてしまったこと。アーサーにとって『あったかい日々』を維持する理由だったセリカと自分の子が死んだ上に、自分の『使命』を成すために必要だったものが見つかったとなれば、もうアーサーとしては『使命』達成のために突っ走るしかなったんじゃないかと思います。

 アーサ(導師アルトリウス)が最後に行っていたように、もし死んだのがセリカではなく、ベルベットやライフィセットだったら、逆に彼は『あったかい日々』を守るため、セリカのために戦っていたんじゃないかと思います。

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 それこそ、義兄アーサーvs聖寮とかになっていたかもしれません。

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 ベルベットは『あったかい日々』を、その中にあったアーサー義兄やライフィセットを愛していました。けれども2人は彼女を裏切り(選んでくれなかった)、『使命』を優先しました。彼女の大切なものを破壊したのは間違いなく2人、けれども彼らは昔確かに愛していた人たちだったわけで、単純な憎しみや恨みだけじゃないベルベットの心情を思うと、悲しくなりました。だからこそ、彼女が復讐するといった姿は凛としており、美しかったのかもしれません。

穢れが試練なら

 これはちょっと思ったことなのですが、アニメ『テイルズ オブ ゼスティリア クロス』で「穢れは必要なものかも」みたいな話がでてましたが、感情のままに行動しても穢れないよう人間に課せられた試練だとしたら、その答えは孔子が齢70にして手に入れた境地、『従心』なのかもしれません。